これは、ある家族に実際に起こった悲しい物語です。田中さん(仮名)は、高齢で一人暮らしの母親の家がゴミ屋敷状態になっていることに心を痛めていました。何度か片付けを提案しても、母親は「まだ使える」「私のものだ」と言って、全く聞く耳を持ちません。話し合いは平行線をたどり、田中さんは弟と相談の上、ある「最終手段」を決行することにしました。それは、母親がデイサービスに行っている留守を狙い、専門業者を呼んで一気に家の中のゴミを処分してしまうという計画でした。当日、田中さんと弟は業者と共に、家財道具を運び出し、トラックに積み込んでいきました。数時間後、家の中は驚くほどすっきりと片付き、これで母も衛生的な環境で暮らせる、と二人は安堵しました。しかし、デイサービスから帰宅した母親の反応は、彼らの想像を絶するものでした。変わり果てた我が家を見た母親は、その場に崩れ落ち、泣き叫びました。「泥棒!私の大切なものをどこへやったの!」母親の目には、子供たちは自分の宝物を奪った強盗にしか映っていませんでした。田中さんが「お母さんのためなんだよ」と説明しようとしても、母親は「お前たちは私の気持ちなんて何とも思っていないんだ!」と叫び、それきり心を固く閉ざしてしまいました。その日を境に、母親は田中さんたちからの電話にも出ず、家を訪ねてもドアを開けることはありませんでした。親子関係は完全に断絶してしまったのです。さらに悲しいことに、母親の家は、再び少しずつモノで溢れ始め、以前よりもっとひどい状態になっていきました。この事例は、私たちに重い教訓を突きつけます。本人の同意を得ない強制的な処分は、問題解決どころか、最も大切な信頼関係を破壊し、当事者をより深い孤立へと追い込む最悪の選択である、ということです。効率や見た目の正しさよりも、本人の尊厳と感情を何よりも尊重すること。それなくして、本当の解決はあり得ないのです。