書評『人間にとって成熟とは何か』
(曽野 綾子/著)

  • 目次
  • 著者プロフィール
正しいことだけをして生きることはできない
「努力でも解決できないことがある」と知る
「もっと尊敬されたい」という思いが自分も他人も不幸にする
身内を大切にし続けることができるか
他愛のない会話に幸せはひそんでいる
「権利を使うのは当然」とは考えない
品がある人に共通すること
「問題だらけなのが人生」とわきまえる
「自分さえよければいい」という思いが未熟な大人を作る
辛くて頑張れない時は誰にでもある
沈黙と会話を使い分ける
「うまみのある大人」は敵を作らない…ほか
著者:曽野 綾子
 1931年東京都生まれ。作家。聖心女子大学卒。1979年ローマ法王によりヴァチカン有功十字勲章を受章、2003年に文化功労者、1995年から2005年まで日本財団会長を務めた。1972年にNGO活動「海外邦人宣教者活動援助後援会」(通称JOMAS)を始め、2012年代表を退任。『老いの才覚』(ベスト新書)、『人間の基本』『人間関係』(ともに新潮新書)、『人生の原則』『生きる姿勢』(ともに河出書房新書)など著書多数。

書評レビュー

「成熟」した個人になるために

 本書は著名作家の曽野綾子氏が、著者の経験と、クリスチャンとしての思想から、「生き方」、「人間にとっての成熟」について論じた一冊です。辛口エッセイ的な内容であり、発売から2か月程度で50万部突破という売れ行きを見せています。

 本書で語られてる内容は、古き良き日本人的な美意識(権利を声高に主張しない、他を慮る、正しい日本語を使う…など)を持ち、「老い」や「他人」など、自分の力ではどうにもならないことを受け入れる姿勢を持とう、というもの。

 タイトルでもある「人間にとって成熟とは何か」をいくつかまとめるとしたら、以下のような趣旨になるでしょうか。

・全てのものに、いい/悪い、善/悪が両面あると知る
・努力ではどうにもならないことがあると知る
・自分の運命は自分の責任であると考える
・そもそも問題だらけなのが人生である、と考える
・人生は最後の一瞬までわからない

 第三章では、「自分も他人も不幸にしないための考え方」が説かれています。著者は「成熟した人間」」になるためには、「もっと尊敬されたい」という思いが足かせになるとして、以下の3つを意識するようすすめています。

「自分も他人も不幸にしない」ための考え方

1.「自分の不運の原因は他人」と考えない

 著者は不幸な生き方として、ある若者の例をあげ、「周囲に文句ばかり言っている」原因をこのように分析しています。

 そういう人の特徴は、ことごとく「他罰的である」ということなのである。自分のせいでこうなった、のではなく、なんでも他社が悪いのである。もっとも、他罰的という姿勢は最近の若い世代の流行だ。

 部長がこういう点を見ていないから駄目だ。課長がバカだから駄目だ。会議の席で自分のことを、誰それがこんなふうに無視したのが許せない。それでやる気を失った、と、他人が自分の不運の原因であると立証することを少しもやめない。

また、次のような特徴もあげています。

他罰的であると同時に、そういう人には感謝が全くないということも大きな特徴である。人もうらやむような立場にいる自分の幸福など少しも感じない。出世が速くても当たり前。うらやましがられても当然。会社は「さらにもっと」手厚く自分を遇するべきだ、とさえ言いかねないような思い上がり方をしている。

 つまり、他罰的とか他責とかいわれますが、何かあるとすぐに人のせいにしている姿勢では永遠に成熟しない、というです。また、著者はそれらの他罰的思考の背景にはあるのは、「世間」は、さまざまな人間の性格で動かされているという「人間への理解」の乏しさだと指摘しています。

2.「代わりがきかない存在」であると知る

 また、著者の夫が、よくいく近所の豆腐屋のおばあさんの例をあげて、いかに、自分が代わりがきかない存在である、という自己認識を持つかが重要だと述べています。属にいう「効力感(無力感の反対)」ですが、それが本人の感じる幸福感、そして人としての「成熟」につながっていきます。

 少なくともこのおばあさんは、自分の店でお豆腐を創れるのは、自分が生きている間だけ、ということを知っていた、ということには間違いがなかろう。この女性の毎日は代わりが効かない存在なのだ。現在、自分がいなければ困る、という場にいるのだ。(中略)

 若いエリートでさえ、自分が今いる場所に、果たして自分がほんとうに必要なのだろうか、と疑っている人がいるだろう。自分を首にしても明日から代わりがあると思うと、自分の尊厳に自信がもてなくなるからである。(中略)それは、お豆腐やのおばあさんと心理的に対極的な場にいる人だ。

3.他人に評価や称賛を求めない

 3つ目はこれまでの2つのまとめとも言えますが、結局「他人」からの評価や称賛ばかり追うような生き方は、結局浅ましさや美意識の欠如となって表に出てしまう、というものです。

 自分の生涯の生き方の結果を、正当に評価できるのは、私流にいうと神か仏しかいない。だから他者に評価や称賛を求めるのは、全く見当違いなのだ。(中略)

 だからそんなくだらない計算にかかずらわることはない。そういう人生の雑音には超然として楽しい日を送り、日々が謙虚に満たされていて、自然にいい笑顔がこぼれるような暮らしをすることが成熟した大人の暮らしというものだ。

 「成熟」とは社会の中で自立した存在であり、自分なりの生き方の「軸」が定まっている状態であると著者は繰り返し述べています。80歳を超えた著者の人生の知恵として、学ぶべきものが多々あるはずです。すぐに仕事に役に立つ、という類の本ではありませんが、「人生」や「老い」をあまり考えたことのない方にとっては、それらを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。

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