『坂の上の雲』
(司馬 遼太郎/著)

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  • 著者プロフィール
  • 目次
 司馬遼太郎氏は、「明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう」と述べている。そして、当時いわば世界の片田舎でしかなかった日本は、日露戦争ではじめてヨーロッパ文明と激突し、かろうじて勝利した。それは司馬氏曰く「ひやりとするほどの奇跡」であり、当時の日本人たちの精一杯の知恵と勇気と外交能力によってそこまで漕ぎつけたのだ。

 その奇跡の演出者は、数え方によっては膨大な数に上るが、司馬氏はその物語の主人公として秋山好古・真之という一組の兄弟を選んだ。後年、それぞれが日本陸軍・日本海軍で名を成す2人であるが、本書ではその生い立ちから、真之の親友でのちの近代短歌の祖でもある正岡子規の人生を絡め、明治日本という国家黎明期に生きる若者の姿が生き生きと描かれている。

著者:司馬遼太郎
春や昔
真之
騎兵
七変人
海軍兵学校

ほととぎす
軍艦
推薦者コメント
matsuo iwata岩田松雄<株式会社リーダーシップ コンサルティング 代表取締役社長>
株式会社アトラス、株式会社イオンフォレストでの経営職を歴任後、2009年、スターバックスコーヒージャパンの代表取締役CEOに就任。退任後、株式会社リーダーシップコンサルティングを設立、代表を務める。(>>推薦書籍一覧

 日露戦争は、国力から言って勝つべきロシアが陸軍海軍の最高司令官が国家や兵のことよりも、自分の保身を第一にしたことと無能な皇帝と腐った官僚組織が敗因であった。私が感動したのは、旅順陥落後、海軍が佐世保に帰航し、船のメンテナンスをしなくてはならない時に、ドッグの工員さん達が、昼夜食事も立って行い、本来3ヶ月掛かる修理を1ヵ月半で仕上げ、バルチック艦隊の来航に間に合ったというエピソードだ。
 当時の日本には危機感があり、国民一人ひとりが、日本のためを思い、全身全霊を傾けた。この当時の気概を今、まさしく私達も見習うべきだと強く感じた。日本の将来に危機感を持った人や組織とは何か、リーダーとは何かを考えたい人にお勧めします。
(岩田松雄)

要約ダイジェスト

秋山好古

 明治維新期の松山城下の人口は士族を含めて3万人。松山藩は佐幕派に属していたため、官軍である土佐藩の占領を受け、15万両の賠償金を要求されていた。このために藩財政は底をつき、藩士の生活は困窮をきわめたという。

 本書の主人公である秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟の生まれた秋山家も例外ではなく、

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