『ウイルスと共生する世界―新型コロナアウトブレイクに隠された生命の事実』(フランク・ライアン/著)

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 新型コロナウイルスの流行以前から、人類ははしか、スペイン風邪(新型インフルエンザ)、HIV、SARSなど様々な感染症のパンデミック(世界的流行)と闘ってきた。ではこれらの原因となるウイルスとはそもそも何か。本書では、生物と非生物(化学物質)の間に位置すると言われ、いまだ生命科学上の議論があるウイルスの本質に迫る。

 近年の研究によって、ウイルスは感染症を引き起こすだけでなく、ヒトを含むさまざまな生物の進化に深く関与してきたことが明らかになってきたという。本書では最新の研究成果をもとに、ウイルスと細菌の違い、人類とウイルスとの闘いと共生、そして生命の起源にもかかわるウイルスの存在意義など、アカデミックな内容を平易に説いている。

 生物学や生命科学への興味関心がある方以外も、ウイルスについて知ることは、アフターコロナの時代を生きる人にとっての必須の教養といえるだろう。一読すれば、人類を含む生命や地球環境に対する新たな視点が獲得できるはずだ。著者は進化生物学者、医師、シェフィールド大学動植物学科名誉研究員。

著者:フランク・ライアン(Frank Ryan)
 進化生物学者、医師。シェフィールド大学で医学を修める。同大動植物学科名誉研究員。英国王立医師会、同医学協会、ロンドン・リンネ協会の会員。著書に、ニューヨーク・タイムズのノンフィクション・ブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれた”Tuberculosis: The Greatest Story Never Told”、”Darwin’s Blind Spot” 、『破壊する創造者』(早川書房)などがある。

翻訳:多田 典子(Tada Noriko)
 大阪府立大阪女子大学学芸学部(現大阪府立大学理学類生物科学課程)卒業後、医学研究に従事。その後、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系で学び、Master of Public Health(MPH)を取得。ライフサイエンス分野の翻訳者。

監修:福岡 伸一(Fukuoka Shinichi)
 生物学者。京都大学卒。青山学院大学教授。米国ロックフェラー大学客員研究者。著書に『生物と無生物のあいだ』(講談社)、『動的平衡』(木楽舎)、『生命海流 GALAPAGOS』(朝日出版社)、『ナチュラリスト』(新潮社)、訳書に『ドリトル先生航海記』(新潮社)、『ガラパゴス』(講談社)などがある。

日本語版序文
はじめに
1章 ウイルスとは何か?
2章 咳とくしゃみが感染を広げるーライノウイルスによる風邪
3章 細菌を食べるウイルスーバクテリオファージ
4章 子どもを標的にするウイルスー麻疹、ムンブス、風疹
5章 細菌vsウイルスー大腸菌とノロウイルス
6章 思いがけず起こる麻痺ー麻痺型ポリオウイルス
7章 致死的なウイルスーペストと天然痘
8章 全米を襲った疫病ーハンタウイルス感染症
9章 潜伏するウイルスーヘルペスウイルス感染症
10章 パンデミックの脅威ーインフルエンザとCOVID-19
11章 手段を選ばないマキアベリ的ウイルスからの教訓ー狂犬病
12章 人畜共通感染症ーエボラ出血熱とCOVID-19
13章 気まぐれなウイルスージカ熱
14章 肝臓を壊すウイルスー肝炎
15章 ありのままの肖像画(warts and all)-パピローマウイルスによる子宮頸がん
16章 リリパット(小人国)の巨人ーミミウイルス
17章 ウイルスは生きている?
18章 恐ろしいウイルスと好ましいウイルスー寄生バチと根粒菌
19章 ウイルスと海洋生態系
20章 ウイルス圏ーVirosphere
21章 胎盤哺乳類の起源ーレトロウイルス
22章 生命の起源
23章 第4のドメイン
参考文献

要約ダイジェスト

ウイルスとは何か?

 ウイルスには際立った特性が備わっている。例えば、ウイルスは移動手段を持っていないにもかかわらず、楽々と世界中を移動する。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚はないが、標的となる細胞や臓器、組織を驚くほどの正確さで検知する。

 細胞に到達すると、標的細胞による防御を突破してその保護表面膜から侵入する。そして細胞内に入ると、その生理学的、生化学的、遺伝学的プログラミングを乗っ取って、強制的に細胞を自分たちの次の世代を生産する工場にしてしまうのだ。

 では、ウイルスとは何なのか?ウイルスと細菌は多くの感染症の原因であるため、一般的に混同されがちだが、これらはまったく異なる存在である。細菌とウイルスの最も明確な違いは大きさで、ほとんどのウイルスは細菌よりもはるかに小さい。

 風邪の前触れの咳やくしゃみを詳しく見ていけば、このことはすぐに理解できる。風邪に似た病気を引き起こすウイルスはいくつかあるが、風邪はライノウイルスと呼ばれる特定のウイルスによって引き起こされる。

 ライノウイルスは、世界中で人々を苦しめる最も一般的な感染症ウイルスで、秋から初冬にかけてピークを迎える。直径は約 18nm~30nm(※1nmは10億分の1メートル)と非常に小さい。そのため、実験室の光学顕微鏡では見ることができず、電子顕微鏡でのみ可視化することができる。

 その形はほぼ球形で、小さな羊毛の塊に似ている。実際に電子顕微鏡で詳しく見ると、実は球体ではなく、カットダイヤモンドのように表面が多面的であることがわかる。ライノウイルスの多面的な表面は、専門用語でウイルスの「カプシド」といい、ヒトの細胞では細胞を取り囲む「膜」に相当する。

 この極めて小さな多面体の球には移動手段がない。ではどのようにしてウイルスは国や国境を越えて容易に感染を広めることができるのだろうか?咳やくしゃみは気道に入る異物に対する防御システムの一部だが、ライノウイルスによって鼻腔粘膜が刺激されると、同様の生理的反応が引き起こされる。

 咳やくしゃみをするたびにウイルスは爆発的に空気中に放出され、その空気を吸うことによって新たな宿主が感染し、ヒトからヒトへと広がっていく。ヒト自身の移動によって運ばれるため、ウイルスは移動の仕組みを必要としないのだ。ウイルスには驚異的に進化する能力があり、

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