- 本書の概要
- 著者プロフィール
多額の遺産や寄付、あるいは事業、思想や教育など、人が次の世代に伝えるべきものは数多くある。しかしそれらを遺せなければ価値のない人生であろうか。否、内村は「勇ましく高尚なる生涯」こそが、誰でもが遺すことのできる後世への最大の遺物であると断言する。形あるものでなくとも、その生きざまそのものに人々の心は揺り動かされるのだ。
実際、偉人と呼ばれる人物の自伝などを読むと、その生涯はことごとく困難との戦いにいろどられている。一読すれば、人生100年時代と言われる現代でも、本書の主張は古びていないことがわかるはずだ。より良い人生を考える方はぜひご一読いただきたい。著者 内村鑑三は戦前の日本を代表するキリスト教思想家、無教会主義の提唱者。
日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた。「代表的日本人」の著者でもある。
デンマルク国の話
内村鑑三略年譜
解説(鈴木範久)
注
要約ダイジェスト
世の中に何を遺すか
自分の生涯を顧みると、まだ外国語学校に通学している時分に、私のように弱いものでも、一人の歴史に名を残す人間になりたいという心が起った。私がそのことを父に話し友達に話したときに彼らはたいへん喜んだ。「それほどの希望があったならば汝の生涯はまことに頼もしい」といって喜んでくれた。
ところがキリスト教に接し、この欲望が大分なくなってきた。すなわち歴史的の人間になるというのは、まことにこれは肉欲的、不信者的な考えである、クリスチャンが功名を欲するのはなすべからざることである、というような考えが出てきたのだ。
それゆえに、私の生涯は実に前の生涯より清い生涯になったかも知れぬが、前よりはつまらない生涯になった。しかしながら、この世の中を通り過ぎて安らかに天国に往けば、それでたくさんかと己れの心に問うてみると、私の心に清い欲が一つ起ってくる。
すなわち私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、われわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望だ。ただ天国に往くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して往きたいのだ。
それで後世の人に私を褒めてくれというのではない。ただ私がどれほどこの地球を愛し、どれだけこの世界を愛し、どれだけ私の同胞を思ったかという記念物をこの世に置いて往きたいのである。
天文学者のハーシェルは、二十歳ばかりのときに彼の友人に語って「わが愛する友よ、われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、