- 本書の概要
- 著者プロフィール
本書では、交渉学のプロである著者が、交渉の心構えや「BATNA」といった交渉の基本、さらに社内会議などの「多者間交渉」の基本、プライベートにおける交渉など、ビジネス・プライベートにわたって役立つ交渉の基本を解説。ストーリー仕立てでわかりやすく書かれているが、内容は明日からの実用に耐えうる本格的なものだ。
本書のストーリーでは、アウトドア用品販売会社に勤務する「交渉」が苦手な「久地米太」くんが交渉上手な宇宙人「アボット」を通じて交渉学を学び、交渉力を身につけていく。著者は明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策大学院)教授で、交渉学の本場マサチューセッツ工科大学(MIT)で学んだ交渉学・合意形成論の専門家。
1974年生まれ。Ph.D.(都市・地域計画)。東京大学工学部土木工学科卒、マサチューセッツ工科大学都市計画学科都市計画修士(1998)、三菱総合研究所研究員(1998-2002)、マサチューセッツ工科大学都市計画学科Ph.D (2006)、東京大学公共政策大学院特任講師、特任准教授(2007-2016)を経て、明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策大学院)教授。著書に『実践! 交渉学 いかに合意形成を図るか』(ちくま新書)、訳書に『コンセンサス・ビルディング入門-公共政策の交渉と合意形成の進め方-』(有斐閣)がある。
第1章 交渉の心がまえ 上司との休暇取得交渉
第2章 BATNAという考え方 取引先との発注交渉
第3章 多者間交渉のキホン 社内会議での交渉
第2部 プライベート交渉
第4章 すべての話し合いは交渉である 恋人との旅行計画交渉
第5章 かけひきの正しい進め方 引っ越し業者との価格交渉
第6章 代表者同士の話し合い 同窓会の企画交渉
要約ダイジェスト
交渉の心構え
感情的になった時点で交渉失敗
久地くんは最近、週末にはお店のイベントが目白押しで休みがまったくとれていなかった。しかし、来週の日曜日にどうしても外せない用事が入り、その日だけは何とか有給をとりたい。上司の部長に相談に向かった久地くんだったが、結局、部長の勢いに負けてしまった。
気を取り直して再交渉にのぞんだ久地くんは「交渉なら『強気』でいかなければ!」と肩に力が入っていた。ここで、アボットから「弱気はよくない。じゃあ強気がいいかというと、それもよくない」とアドバイスがあった。
交渉とは、表面的には人物同士の会話だが、目的は、その人たちが抱える問題を解決すること。交渉学では「人物」と「問題」を切り離すことが重要なのだ。自分の気持ちがどうであれ、いま解決すべき問題は何なのか常に注意しておこう。
いったん感情的な会話がはじまってしまうと売り言葉に買い言葉で(専門用語で「エスカレーション」)、問題解決のための会話ができなくなってしまう。常に冷静に問題解決のための会話を続ける能力こそが毎日の交渉でおとしどころを見つけるための第一歩なのだ。
「立場」と「利害」に注目する
冷静になった久地くんが素直に思いを伝えると、部長も同情を示したものの「セール期間中の日曜日はやっぱり避けてほしい」と、一筋縄ではいかない。アボットからのアドバイスは、部長がなぜ日曜日にこだわっているのか、その理由を聞いてみること。
すると、実は日曜日は主に久地くんが対応している常連さんの来店が多く、久地くんが対応できなければ、常連さんの気分を害したり、ひいてはクレームが役員の耳に入って、部長が怒られるかもしれないことが、部長の「本音」のようだった。
そこで、常連さんたちに自分が休むこと、その日に商品に詳しいアルバイトに出勤できないか相談するなど、部長の心配を減らすために久地くんができることを提案してみた。これにより、「日曜日はダメ!」の一点張りだった部長の姿勢もだいぶ崩れてきた。
このように、相手から出てきた条件に「イエスかノー」で答えるのが交渉ではない。むしろ、最初に出てくる条件は交渉のきっかけでしかなく、その後の話し合いの中でいろいろな情報をやりとりしてお互いにハッピーになれるおとしどころを見つけることが交渉の醍醐味だ。
例えば、久地くんと部長との交渉も、最初は「有給休暇を取得する」ことについて、「休みたい」「休まないでほしい」という二項対立の水掛け論に終始していた。ここで、部長が日曜日にこだわる理由に着目してみると、突破口が見えてくる。実際には、日曜日に休む事自体が問題ではなく、常連さんへの対応が部長の心配の種だったのだ。
交渉学では、表面的な要求を「立場」、その背後にある理由を「利害」と呼んで区別する。立場を受け入れる、受け入れないに終始するのではなく、相手の利害を探り、その利害を満足させてあげることで簡単に問題が解決することもあるのだ。
また、相手と自分の利害のズレを探すことも有効だ。交渉学では複数の条件を組み合わせるタイプの交渉を「統合型交渉」、ひとつの条件だけを争う交渉を「配分型交渉」と呼ぶ。配分型交渉の典型例は市場などでの価格交渉で、売り手は高め、買い手は低めの金額を提示して、