- 本書の概要
- 著者プロフィール
本書は昨年の「おことば」を軸に、「象徴」としての天皇のあり方、象徴的行為としての鎮魂慰霊、戦前の軍部や現政権との関係など、重要なテーマがまとめて論じられた天皇論入門といえる一冊だ。著者で思想家の内田樹氏は、元々リベラルな主張で知られ、立憲民主制と天皇という存在も両立し得ないと考えていた。だが、天皇と立憲民主制という矛盾し合う統治原理の存在こそが、諸外国に比べ優れた社会の安定性や復元力を担保していることに気がつき、現在は「天皇主義者」を自認するに至ったという。
このように、天皇と日本社会というテーマは簡単には語れない深さを持ち、著者は、天皇のあり方について国民は考え続けなければいけないと説く。なぜなら、現在の象徴天皇のあり方は、戦後手探りで二代にわたる天皇と国民がつくりあげてきたもので、現在も発展途上にあるからだ。今上天皇の生前退位が近づきつつあるいま、天皇ひいては日本社会の未来を考えるための多くの示唆と視点が示された必読の一冊。
1950年生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。
著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)、『死と身体』(医学書院)、『街場のアメリカ論』(NTT出版)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『街場の中国論』『街場の戦争論』(ミシマ社)、『日本辺境論』(新潮新書、新書大賞2010受賞)、『呪いの時代』(新潮社)、『街場の共同体論』(潮出版社)、『街場の憂国論』『日本の覚醒のために』(晶文社)、『属国民主主義論』(共著、東洋経済新報社)など多数。2011年4月に多ジャンルにおける活躍を評価され、第3回伊丹十三賞受賞。
Ⅰ.死者を背負った共苦の「象徴」
Ⅱ.憲法と民主主義と愛国心
Ⅲ.物語性と身体性
【特別篇】海民と天皇
「日本的情況を見くびらない」ということ―あとがきにかえて
要約ダイジェスト
死者を背負った共苦の「象徴」
2016年8月8日の天皇の「おことば」は、天皇制の歴史の中でも画期的なものだった。日本国憲法の公布から70年以上が経ったが、今の陛下は皇太子時代から日本国憲法下の象徴天皇とはいかなる存在で、何を果たすべきかについて考え続け、その年来の思索をにじませた重い「おことば」だったと私は受け止めている。
特に印象的だったのは「象徴的行為」という言葉で、実質的には「鎮魂」と「慰藉(いしゃ)」のことである。鎮魂とは先の大戦で斃(たお)れた人々の霊を鎮めるための祈りのことで、陛下は実際に死者がそこで息絶えた現場まで足を運び、その土に膝をついて祈りを捧げてきた。
もう一つの慰藉とは「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」と「おことば」では表現されているが、災害の被災者を訪れ、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけることを指している。死者たち、傷ついた人たちの傍らにあること、つまり「共苦すること(compassion)」を陛下は象徴天皇の果たすべき「象徴的行為」と定義したのである。
そして、それが飛行機に乗り、電車に乗って移動する具体的な旅である以上、当然それなりの身体的な負荷がかかる。だからこそ、高齢となって「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくこと」が困難になったという実感があったのだ。
国事行為を軽減すればいいと言った識者もいたが、