- 本書の概要
- 著者プロフィール
例えば、バブル経済について様々な元凶が現在も語られているが、「日銀による4度目の利下げ」という「転換点」に着目すると、本当の問題点がクリアに見えてくるのだ。本書では、テーマごとに時系列に沿い、誰が何を決断し、何が転換点となったかを検証。あわせて関係者の生々しいインタビューや図表も豊富に掲載し、その本質に迫っている。
本書で繰り返し登場するのは、先送りや見て見ぬふりといった政治と国民自らの不作為だ。現在もあまり変わっていないその風潮には誰しも危機感を覚えるだろう。バブル絶頂期から約30年が経ち、折しも株価や地価がバブル化しつつあるとも言われている。再び同じ轍を踏まないために、今何をすべきか。歴史から学ぶ教科書としてぜひご一読いただきたい。著者は「日経ビジネス」と「日経トップリーダー」誌の主任編集委員として活躍する田村賢司氏。
日経ビジネス主任編集委員/日経トップリーダー主任編集委員。1981年大学卒業後、全国紙を経て88年に日経マグロウヒル(現・日経BP社)入社。日経レストラン、日経ビジネス、日経ベンチャー、日経ネットトレーディングなどの編集部を経て2002年から日経ビジネス編集委員、13年から同誌主任編集委員。15年から日経トップリーダー主任編集委員を兼務。税・財政、年金、企業財務、企業会計、マクロ経済などが専門分野。著書に『マネー動乱』(日本経済新聞出版社)、『日本電産 永守重信、世界一への方程式』(日経BP社)など。
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要約ダイジェスト
バブル経済——1986年秋、4度目の利下げ決行。元日銀理事は、今も苦悩する
元日銀理事、佃亮二は、80代半ばを過ぎた今も、悔恨の念に胸をふさがれるという。「日銀の幹部として、バブルを抑えるためにすべきことを本当にしたのか」と。日銀は1986年の1月から、5%だった公定歩合を立て続けに3回引き下げ、4月には3.5%にした。前年9月のプラザ合意による急激な円高が日本の輸出産業を直撃したため、銀行の貸出金利に影響する公定歩合を引き下げて、内需の刺激を図ったのだ。
日銀総裁(当時)の澄田智は、「4度目の利下げをやると、予測できない物価上昇が起きる可能性がある」という佃の意見を採用せず、対米協調のために、さらなる利下げに踏み込んだ。後には景気過熱を防ぐための利上げにも遅れた。佃の悔恨は、