『心臓外科医がキャリアを捨ててCEOになった理由』
(野尻 知里/著)

  • 本書の概要
  • 著者プロフィール
  • 目次
 転職やキャリアチェンジは35歳まで——そんな定説を覆して39歳で、しかも心臓外科医から医療機器メーカー・テルモの研究職へ転身、さらに新型人工心臓の開発を行う海外現地法人のCEOとして世界的な成果を残した人物、それが著者の野尻知里氏だ。そんな著者のキャリアはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも話題を呼んだ。

 当初「キャリアダウン」だと言う人もいたというその転身の原点、さらには子育てまでこなしながらも著者がこうした成果をあげられた理由は、「何歳からでも未来は変えられる」という信念、そして「外科手術だけでは救えない命を、高性能の人工心臓でもっと多く助けたい」という夢であった。

 本書では、女性の社会進出が今より進んでいなかった時代に、文字通りパイオニアとして様々な困難を乗り越え切り開いたキャリアを振り返る。そこでは、年齢や性別にとらわれず、チャレンジし続けるためのキャリア論や仕事観、「男のような女になるな」という女性ならではのリーダーシップについても言及されている。
 
 なお著者は63歳となった今も、東京大学COI研究推進機構で健康増進に関する国家プロジェクトの副機構長としてさらなるチャレンジを続けている。医療関係者はもちろん、性別、業界を問わずキャリアを前向きに創造したいビジネスパーソン、そして女性も活躍できる組織づくりを考える経営層にもぜひご一読頂きたい一冊だ。

著者:野尻 知里(ノジリ チサト)
 1952年愛知県生まれ。大阪府立北野高等学校卒業後、京都大学理学部に入学。卒業後の進路が「学校の先生」か、「お茶汲み」しかないという現実にぶつかり、京都大学医学部を再受験し再入学。その後、小倉記念病院、熊本赤十字病院、東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所などで、心臓外科医としてのキャリアを歩む。
 1986年に医学博士号を取得、同年から1989年まで米国ユタ大学に留学。臨床の現場で救えない命を救いたい、という思いから1991年よりテルモ株式会社で人工心臓の開発に従事。2003年に同社米国法人テルモハート社長兼CEOに就任。4人のメンバーからスタートし、数年後には12カ国約150人の部下を束ねるまでになる。
 日本イノベーター大賞(2007年)受賞、日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008」で総合ランキング1位、リーダー部門1位。現在は東京大学COI(センター・オブ・イノベーション)研究推進機構で、国民の健康増進を目指す国家プロジェクトの副機構長。プライベートでは42歳で出産を経験し、一女の母。
introduction 私の”本当のキャリア”は39歳から始まった
第1章 世界で通用する「仕事力」を磨く
第2章 「働く」理由とその原点
第3章 男のような女にはなるな
第4章 成功者の資質
afterword 死ぬまでわくわくしながら、働き続ける

要約ダイジェスト

私の”本当のキャリア”は39歳から始まった

 私のキャリアは、臨床医からスタートした。そして39歳の時、東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所(当時)の心臓外科医から、テルモ研究開発センターの客員研究員へ転身、9年後、人工心臓の開発のため渡米し、現地でCEOとして人工心臓を世界展開するために奮闘した。その間、41歳で結婚、42歳で初産と、激動の40代を過ごした。

 外科医から、研究室で人工心臓の設計やら実験やらを行う研究者へとキャリアチェンジすることを「なぜキャリアダウンになるような転職をするのか」と否定的に捉える人もいた。しかし、

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